中今〇ノ丞の「まあるく生きる」

人生をどう生きたらいいのか、一緒に考えよう

旧皇族、11宮家について ②

 

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みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

前回の続きになります。

 

現在宮家は受難の時代を迎えているといえます。

いまから75年前の昭和20年(1945)の終戦時には14の宮家が

ありました。ところが日本が戦争に負けると、連合国司令部(GHQ)は

皇室改革を推し進め、皇族を少なくする措置が採られました。

そして議論の末に、14の宮家が3つに減らされることになりました。

(この3つとは直宮といって、昭和天皇の兄弟である秩父宮高松宮

そして三笠宮のことです)

 

ではなぜGHQは皇室改革と称して宮家を廃止したのか?

その理由は、日本軍の強さは神道にあると考えた、と言われています。

そして、その神道の祀り主である天皇家を解体して、日本が二度と戦争を

起こさない国にしようと意図した、ともいわれています。

この時、日本は被占領国という立場ですので、日本はこのような「時限爆弾」の

ようなGHQの要求を受け入れたわけでありますが、このことが現在の皇位継承

問題の原因になっているのです。

 

(そもそも例え戦争に負けたとはいえ、敗戦国の憲法を勝手に変える行為は、

ハーグ条約に違反しています《また、ハーグ条約は非戦闘員を殺傷してはならないと

定めていますが、アメリカは1945年の東京大空襲で非戦闘員の女こともを無差別

に殺戮しており、原爆投下も含めて明らかにハーグ条約に違反した行為をしていますが、このことが裁かれた事実はありません》。このように法的根拠がないのに、未だ

にその被占領国時代のアメリカが作った憲法を順守し、さらに「改憲反対」と叫んで、時代と共に周辺国の体制や状況が変わっていて、拉致被害者も未だに取り返せない

この状況下の中で、憲法の審議すら拒否している政治家がいるのが、現在の日本の

ありのままの姿です)

 

このように、昭和20年(1945)当時、連合国は日本を占領するにあたり、当初

は皇室そのものをなくしてしまおう、と考えていました。

当時のアメリカの世論はそれを支持していました。ところが、総司令官マッカーサー

元帥は昭和天皇と会見して考え方を180度変更しました。

 

 

~③に続く~