みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。
《伊勢神宮HPより》
『日本書紀』に天照大御神が
祈年祭の由緒と沿革
祈年祭は春の耕作始めにあたり、五穀豊穣を祈るお祭りで、「としごいのまつり」とも呼ばれます。「とし」とは稲の美称であり、「こい」は祈りや願いで、お米を始めとする五穀の豊かな稔りを祈ることを意味します。稲の育成周期が日本人の一年といえます。
農耕が生活の中心であった時代、豊作を祈ることは国家の安泰、国民の繁栄を祈ることに他なりませんでした。そのため祈年祭は国家規模で執り行われ、奈良時代の『
(伊勢神宮HPより)
こちらは数年前の、しかも別宮の荒祭宮における祈年祭の様子です。
内宮の正宮では神事の様子を見ることができませんが、荒祭宮では拝見することが
できます。
神宮の神事では「八度拝」といって、立って座っての拝礼が八回行われる
という、日本の最高神・天照大神を祭る伊勢の神宮で行われる作法が
みられます。
こちらの祈年祭と、秋に行われる新嘗祭は対になっていて、全国どこの
神社でもこれにならってお祭りが執り行われています。
つまりは稲作の周期に合わせている、ともいえるかもしれません。
最高神・天照大神から天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に手渡された
稲穂の神話にあるように、この命を育むために大切な米を古(いにしえ)
の時代から神に捧げ、豊作と感謝の祈りを捧げてきたのが我々日本人であり、
私達のDNAにもそれがしっかりと刻まれているのではないかとも思います。
ご参考までにこちらの動画もどうぞ
(出典:伊勢神宮公式チャンネルより)