中今〇ノ丞の「まあるく生きる」

人生をどう生きたらいいのか、一緒に考えよう

尾張式内社を訪ねて 62 虫鹿神社

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みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

今回は、愛知県犬山市のございます「虫鹿神社(むしかじんじゃ)」の

ご紹介です。

 

愛知県犬山市前原向屋敷 62

 

御祭神

国常立尊(くにとこたちのみこと)  国狹槌尊くにさづちのみこと)

豊斟渟尊(とよくむぬのみこと) 大日靈貴命(おおひるめむちのみこと)

菊理姫尊(きくりひめのみこと)

 

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「式内」の文字が刻まれています

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祭文殿(舞殿)

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境内末社

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左の奥には稲荷社の鳥居が

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二礼二拍手一礼

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渡殿の先にある御本殿

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御本殿の様子

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この日は、先日ご紹介いたしました「石作神社」の後での訪問となりました。

とても天気の良い日でした。

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こちらのお社は、初めは虫鹿庄入鹿村にあったが、寛永12年に池を作る

とき(現在の入鹿池)に、前原新田村に遷座したという。

今も神尾新田の水の底に、この元々あった虫鹿の神様の、石の鳥居が

透け通してみえる、という言い伝えがあるという。

 

今回は二度目の訪問となりましたが、前回の石作神社同様、参拝される方は

おらず、今回もゆったりとした時間を過ごすことができました。

またこじんまりとしたお社ではありますが、式内社ということで歴史も古く、

やはり参拝する時はどこか身も心も引き締まるところがあります。

 

だって、少なくとも平安時代には既に祀られていた神様がいらっしゃるのです

から・・・もう1300年以上、地元の氏子の方々から拝まれてきた神様なの

です。

 

ですから、失礼のないように、また尊崇の念を心に持っての参拝となります。




こちらには、神社の左手にちょっとした集会所のようなものがあり、その

空き地に車を止めての参拝となりました。

 

 

 

 9月29日の日輪です

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みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

昨日のお昼ちょうど、ふと空を見上げると、そこに「日輪」が・・・

 

てことで、今回はその日輪の写真のみのご紹介です(^^)

  

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写真だとこじんまりとしてしまいますが、実際はとても大きいのです

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まぶしさと空腹に耐えながらの撮影となりました(大袈裟かっ!)

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時間が経ってクッキリとしてきました(ご飯を食べながらの撮影←このくだりいらない?)

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ガンバレ〇ノ丞!はてな読者の方々に、良い写真を提供するのだっ!(大袈裟化かっ)

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40分ほどして、徐々に消えてしまいました・・・

 

直視はしづらいのですが、見ていて何か穏やかな気持ちになりました。

 

空は、いつも色々なショーを見せてくださいますね(*‘∀‘)

 

 

 

 

 

 

ブッタ「感興のことば」から学ぶ ❼

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みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

ブッタの「感興のことば」から学んでみたいと思います。

 

 

      「バラモン

1 「裸かの行も、髷(まげ)を結うのも、身が泥にまみれるのも、断食も、

露地に臥すのも、塵や泥を身に塗るのも、うずくまって動かないのも、-

疑いを離れていない人を浄めることはできない」

 

2 「身は飾っていたとしても、徳を行(ぎょう)じ、耐え忍び、身を

ととのえて、慎み深く、行いが清らかで、生きとし生けるものに対して

暴力を用いない人こそ、<バラモン>とも、<道の人>とも、また<托鉢

遍歴僧>ともいうべきである。

 

 

〇ノ丞):少々解説いたしますと、約2千5百年前の当時のインドの状況

というのはカースト制度があって、一番上がバラモン(今でいう宗教指導者)、

その下が武士階級、次が商工業者、一番下が奴隷階級となっておりました。

その当時は、最高の悟りはバラモン階級からしか出ないなどともいわれて

いました。

 

そうした中で、ブッタはシャカ族の王子として生まれ、やがて出家をし、

36才頃に悟りを開かれるのですが、そのブッタ御自身は武士階級の

出身であり、その後釈迦教団となって沢山の人々が出家してきますが、

その中には色んな階級の人達が混ざっていました。

 

また、その当時は色々な行を通して悟ろうということで、裸になって荒行したり、

ずっと瞑想したり、色んな肉体行をしたりといった数多くの流派があったようです。

 

 

そうした時代背景の中にあって、ブッタは「真のバラモン(修行僧)とはどう

いった者のことをいうのか」について説いているものと思われます。

 

具体的に、その人の日頃の行動・行いと日々の心がけについて、つまびらか

にしていますね。

 

この後、その当時のバラモンの行いと比較しながら、「バラモンとは」について、

ブッタは説法を続けていきます。

 

 

➑に続く~

 

 

 

 

山本潤子さん「緑の季節」

 

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みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

今回は、山本潤子さんのキレイな歌のご紹介です。今回は

「緑の季節」 

どこかで一度聞いたことがあるような(1998年にロッテグリーンガムの

CMで使われたそう)とても良い曲です。

 

 

今回も動画が少々古くて、画像の乱れや画と音声のズレがありますが、声は

この頃が一番出ていると思いますので、今回もこちらの動画をのせました。

 

 聴いていますと、どこか風を感じるような・・・

そして情景が浮かんできますね(*‘ω‘ *)

 

聴いた後も山本潤子さんの世界に浸ったまま、その余韻がしばらくは尾を

引いています・・・

 

そう思わせる歌い手さんて、なかなかお目にかかれません(´-`)

 

 

 

 

城所ケイジさんの龍神像  11

 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

今回も元チェンソーアート世界チャンピオン城所ケイジさんのブログの

記事からの転載です。

 

 

巨大龍神像・2014 東栄町 天 地 龍

2014年06月02日 | 最新作品紹介
彫刻期間2014年(平成26年)5月17~31日 のべ2周間
彫刻場所:愛知県北設楽郡東栄町 グリーンハウス・博物館前
樹種:杉 樹齢100年生
直径最大130㎝ 高さ4m30㎝
彫刻者:城所ケイジ
依頼者:東栄町

























ほんとにスゴイですね(´-`)
上下 2体の龍が彫られています。
 
前後ろ横、どこからみても龍そのものです。
 
城所さんは「木の中に既におられる龍を、目に見えるように
自分の手を通して彫りだす」という言い方をされています。
 
なので、その通りに「彫り出されて」いますね。
 
ずっと見ていられます(^^)
 
 
 

尾張式内社を訪ねて 61 石作神社

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(周りはのどかな田園風景)

 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

今回は、愛知県犬山市にございます「石作神社」(いしづくりじんじゃ)の

ご紹介です。(訪問:令和2年4月25日)

 

愛知県犬山市今井宮ケ洞37

 

御祭神


 天照皇大御神  菅原道真  大己貴命

 小彦名命  菊理姫

 

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神社入口正面 いい感じです。

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良い感じの階段でしょう?こういう雰囲気って好きなんですよね(^^♪

むーらの ちんじゅのか~みさまのー 的な・・・

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楽殿

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 由緒碑がございます。


「御祭神
 天照皇大御神菅原道真大己貴命・小彦名命・菊理姫
 御由緒
 当神社は今から約千年前の寛平3年に若宮の地に勧請された天神社がその始まりで

 天正15年神官中野開運によって現在地に移された。
 その後江戸時代に白山社などが合祀され明治初年に村社の指定を受け石作神社と

 改称した。
 御祭神の一人菅原道実公は学問の神様であり明治初期には境内の舞台にて子弟の

 教育がなされていた。    神主 山田明敏」

 

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元々は「天神社」がその始まりだったとの由緒書きの記述から、主祭神は菅原道実公と

思われます。

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珍しく、鳥がのっています・・・

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境内末社

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狛犬を撮るときも、アングルに気を付けて男前(?)に映るように配慮が欠かせません

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だって一世一代の写真なのですから・・・(大袈裟か)

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御本殿

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霊獣だと思われますが、何でしょうか?(麒麟?)

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再び、周りは田園が広がっております・・・


こちらのお社は、少し小高い山のところにご鎮座しています。

写真からもおわかりのように、周りは畑が広がっており、人家も

まばらで、見通しのよい晴れやかで、のどかな所です。

 

入口の階段といい、この周りの田園風景といい。個人的にはとても

気に入っている神社の一つです。

他の参拝客が来ることはまずなくて、心ゆくまでゆったりと参拝時間を

満喫することができます。

 

式内社の神社でも、歴史が大変古いわりには、人気(ひとけ、参拝者)もなく

ひっそりとたたずんでいる神社は多いのですが、やはり実際に足を運んでその

空気とか雰囲気に触れてみますと、やはり長い年月相応の「何か」があって、

それが式内社巡りをする上での一つの魅力になっているんですよね(*‘ω‘ *)

 

なお、専用の駐車場はございませんので、いつも神社前の空き地に車を

停めて参拝をしています。

 

 

 

 

最後の宮大工 西岡常一 ❿ 「木に学べ」

 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

最後の宮大工と言われた「西岡常一」さんの10回目になります。

 

御著書「木に学べ」から、素晴らしい名言をご紹介いたします。

 

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(出典:「木に学べ」)

法隆寺

 

 

西岡さん「ヒノキという木があったから、法隆寺は千三百年たった今も

のこってるんです。 ヒノキという木がいかにすぐれていたか昔の人は

すでに知っておったんですな。

日本書紀スサノオ尊のくだりに、スサノオがひげをまくと杉がはえ

。胸毛をまくとヒノキが生え、尻の毛をまくとマキが生え、そして眉毛を

まくとクスノキが生えた、ということが書かれています」

 

「そして、すでに用うべくを定むとありまして、ヒノキは瑞宮(みずのみ

や)に使え、スギとクスノキは浮き宝(船のこと)せよと書いてある

んです。そして法隆寺薬師寺もすべてヒノキでできています。神代

からの伝承を受けて、外家さんの宮居(みやいり)であるところの伽藍

はヒノキ一筋ということやと思います」

 

 

 「わたした一宮大工にとりますと、木ゆうたらヒノキですがな。

ヒノキのええとこはね、第一番に樹齢が長いということです。

法隆寺の伽藍の材料がだいたい千年か千三百年ぐらいで伐採されて

材料になってるんですわ。

法隆寺は今まで千三百年たってますわな。薬師寺の東塔もその

とおり。ちょうど千三百年ですわな。こんな長い耐用年数のものは

ヒノキ以外にありませんわ」

 

「しかし、ヒノキならみな千年持つというわけやない。木を見る

目がなきゃいかんわけや。木を殺さず、木のクセや性質を生かして、

それを組み合わせて初めて長生きするんです。口伝では

「堂塔の木組みは寸法で組まずに木のクセで組め」ということも

いっております」

 

   

 

〇ノ丞):さすが、木と対話されてきた西岡さん。飛鳥時代に建てられらた

法隆寺。昭和の法隆寺の解体修理を通して、その飛鳥時代当時の宮大工達の

考えていたことまで、すべてお見通しだったということを、これからまた順を

追ってご紹介していきたいと思います。

 

 

  

 ~⓫に続きます~

 

 

 (西岡常一さん)

 

 

 

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