中今〇ノ丞の「まあるく生きる」

人生をどう生きたらいいのか、一緒に考えよう

【ぼくらの国会・第460回】ニュースの尻尾「日本は世界に取り残される」(青山繁晴参議院議員動画より)

IAEAグロッシー事務局長自身のツイッターより)

 

IAEAグロッシー事務局長と青山議員)


 

 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

当ブログにてたびたび取り上げております、青山繁晴参議院議員のYOU TUBE

動画をご紹介いたします。

 

 

日々テレビなどで報道されるウクライナ情勢は、実際に世界各国の重要人物

と直接意見を交わし、情報交換している青山議員から語られる生の声に比べる

と、その広さや深さが全然違います。

 

海外各国の重要人物との信頼関係を構築している青山議員が得る情報は、

日本のテレビに出演しているコメンテーターやタレント、学者や評論家

たちが発する情報とは当然雲泥の差となってしまいます。

 

 

その青山議員を知らない方がたくさんいらっしゃるので、当ブログでは

積極的に青山議員の動画やブログをご紹介しています。

日本のメディアからは露骨に青山議員はいないことにされています。

本当のことを話されるので、そうされると都合が悪い人たちがいるから

です。

 

 

 

ではお忙しい方のために 内容を箇条書きにして記しておきます。

 

 

●青山議員が国会閉会中の計17日間、海外のハワイ、スウェーデン、ドイツ、IAEA国際原子力機関)、フランス、イギリス、アメリカなどに行き、原発の防御や安全

保障、危機管理などの議論を各国関係者とするために出張に行く

 

●その出張の結果、日本は間違いなく、世界から取り残されている

 

●出張の最初の5日間は、自民党の議連でハワイの真珠湾にあるアメリカの戦争

記念館に行き、アメリカがフェアな戦いをした旧日本軍を絶賛していることを、

自民党の国会議員たちが知る

 

●ハワイのインド太平洋軍のアメリカ第七艦隊は、中国の台湾有事の事態

に備えている

 

●台湾有事のきっかけは、ロシアのウクライナ侵攻。

仮に台湾有事の際は、中国単独でなされるのではなく、ロシア・北朝鮮

影から支援することも想定される。

中国・ロシアによる合同軍事演習は、その一環だともいわれる

 

旧民主党菅直人政権のときに起きた、東日本大震災による福島第一原発

事故は、チェルノブイリ原発事故と同等のレベルのレベル7という間違った

指示により、福島第一原発事故の真相が現在まで歪んだままになってしまって

いる

 

福島第一原発事故で、実際は放射線障害で亡くなった方は一人もいない。

間違った避難指示による災害関連死で4千人の命が犠牲となった。

 

チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故とでは、中身が全然違う

 

●フランスは日本の福島第一原発事故の教訓を生かして、新たな原子炉を

作り出している。

 

●青山議員はフィジカルプロテクション(PP)を行い、リスクの評価をする。

例えば新幹線や空港、原発しかり、それらのリスクを評価し、テロ等に

備える。

 

●専門的に原子力では設計基礎脅威(DBT)を青山議員は昔から提案してきた。

日本の丸裸の原発からテロ行為をどう防ぐのか。

青山議員はアメリカのNRC(核規制委員会)の本部にも今回行って意見交換した。

 

●日本のエネルギーは一つだけに頼るのではなくて、再生可能エネルギー原発

天然ガスなどを組み合わせるベストミックスにすることが大事

 

IAEA,各国の原子力機関の関係者は、日本の政治家たちの、官僚が作った想定

資料を読み上げるだけ、しかも通訳を挟むので、約束の時間の半分を無駄にして

しまう。各国のそれらの関係者はそういった日本の政治家たちの中身のない

会談にウンザリしている。

 

IAEA国際原子力機関のグロッシー事務局長は、日本の大臣がいくら要請して

も会談に応じようとしないが、民間時代から20年以上原発問題に取り組み、

通訳なしで直接英語で話し、中身の濃い話しをする青山議員とは、予定の時間の

3倍を超える議論をした。

 

 

 

 

 

 

 

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こころのつぶやき 「最高の自分」



 

何のために 生まれてきたのか

 

 

その答えを 見つけるのは 中々難しい

 

 

ただ 言えることは

 

 

今という時しか 人は生きれない

 

過去に戻って やり直すことはできない

 

 

例え親子 夫婦であろうとも

 

相手になり代わって その人の人生を生きることはできない

 

 

だから

 

 

日々 努力し 心を磨き

 

精一杯 生きて

 

いつかは「最高の自分」を そこに現す

 

 

 

自分を成長させることができるのは 自分だけ

 

人生の 時は限られている

 

 

「求めよ さらば 与えられん」

 

ともいう

 

 

目標とする 最高の自分の姿を目指して

 

 

 

さて 自分にとって「最高の自分」の姿とは

 

何でしょうか?

 

 

 

「おいしい味噌の選び方」 柏原ゆきよ



 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

 

今回は皆さんが普段食べられている味噌について、あらためて柏原ゆきよさんの

動画を見ながら学んでみたいと思います。

 

 

味噌については、ある程度の知識が皆さんはおありになるでしょうが、

この機会に「体に良いもの」という観点から、また新たに考えてみるのも

いいのではないかなと思います。

 

 

 

 

動画の内容については、時間がなくて忙しいという方のために、書き出して

みましょう。

 

 

●味噌は大豆が主原料

 

●味噌をつくるために麹が必要で、麦・大豆・米があり、それぞれが

麦味噌・豆味噌・米味噌となる

 

●米味噌は関東、麦味噌は九州、豆味噌は中部地方が多い

 

●味噌は原材料を見たときに、シンプルなお味噌を選ぶといい

 

 

●味噌は即醸造と天然醸造の2種類あり、天然醸造は自然の環境で温度

管理をせず、発酵させたもの。即醸造はタンクの中で温度管理をして、

短期間で発酵を進めるというもの

 

●自然の力で時間をかけて熟成した方が旨味成分や他の有効成分が多くなる

ので、おいしさや栄養的価値などの機能性成分が多くてよい

 

●天然醸造の味噌は値段が高めだが、おいしい

 

●天然醸造の味噌は微生物が生きた状態でずっと発酵が進んでいて、

ガスがでる。なので生きた状態でどんどん成分が増えて熟成が進んだ

味噌の方をオススメ

 

●生きてる味噌の見分け方は、入れてある袋や蓋に穴が空けてある。

このような空気穴が空けてあるものが生きた味噌。

そして冷蔵のケースに陳列してある。

 

 

●逆に陳列棚に置いてある味噌は発酵を止めている味噌。

 

 

●味噌を飽きずに楽しむためには

1、味噌の種類

2,出汁の種類

3,具材の種類

4,薬味の種類

などのバリエーションを組み合わせる

 

 

 

 

〇ノ丞:

さて以前記事の中で書いた若杉友子さんは著書の中でも、味噌は天然醸造で、

できれば三年以上のものがいい、というふうに話されています。

 

ただ三年ものの味噌となりますと値段も高いですし、売っているところも

オーガニックを扱っている会社とかになりますので、コスト的には厳しくは

なりますね。

 

なので、高い三年ものに比較的安い他の味噌をブレンドして楽しむとかすれば、

そんなにコストはかからないのではないかなと思います。

 

 

以前、マルカワみそという会社があって、そこは豆や麹が農薬を使わない、有機栽培

で作った材料を使い、手前味噌を作るセットがあって、手前味噌を作ったことがあり

ます。

やはり時間はかかりますが、自分で作るとほんとに美味しかったのを覚えています。

 

その時に味噌を入れる容器は杉製の樽がいいなあ、と一度検討しましたが、その樽は

すでに売り切れだったのと、値段も3万くらいはするので断念しました(その時は

気分的にかなり高揚していたので、勢いで買いそうになっていましたが、マイブーム

が去った今となっては買わなく良かったかな、と思ってはいます・・・)。

 

 

ただ、安全でおいしいものを使うには、それなりのコストがかかるので、そればかり

使い続けるというのは、現実には難しいところがありますね。

 

 

まあ、最近は味噌も出汁も数えきれないくらいの種類が出てますので、それらを

うまく組み合わせて、安くておいしくて、かつ体にも良いという「味噌生活」を

皆さんも送ってみられたらいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

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私が好きな歌手エンゲルベルト フンパーディンク 「LOVE IS ALL」「WALK HAND IN HAND」



 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

 

今回は久しぶりに私が個人的に好きな音楽についての記事です。

 

 

みなさんは「エンゲルベルト フンパーディンク

て知っていますか?

 

 

 

・・・

 

 

 

まあ・・・ ほとんどの人が知らないでしょうねぇ・・・ 

 

 

日本にも来日していて、ライブ盤も出ていますが、いかんせん1975年のこと

だしなあ・・・

 

 

 

ま、簡単にいいますとイギリスで「トムジョーンズ」と肩を並べるほどの人気

があり(これもわかりにくいか)、当時ビートルズが全盛だった1960

年代に、このエンゲルベルトフンパーディンクの曲がそのビートルズを抑えて、

イギリスのチャート1位を獲得したほどの歌手です。

 

 

このエンゲルベルトフンパーディンクを真似したのが、日本では尾崎紀世彦

といえばわかりやすいでしょうか?

 

また逢う日まで」を歌った尾崎紀世彦の当時の歌い方や髪型を見ると、よく

似てますよね?

 

 

 

今までに色んなジャンルのヴォーカリストを聞いてきましたが、私が一番いい声

だなと思ったのがこのエンゲルベルト・フンパーディンクです。

歌い方も大らかで、この手の歌い方をする人って、今まであまりいないかも

ですね。

 

 

 

その中でも特に好きな曲が「WALK HAND IN HAND」です。

 

この曲で思い出すのは、私が以前カナダに旅行に行った時に、ちょうどレセプション

で観光客に対しての歓迎会がありました。

その催しの中で、地元のコーラスグループによる歌が披露されたのですが、その

初めの曲が、私が好きだった曲の一つの「WALK HAND IN HAND」を歌い出し

たときにはびっくりしたものでした。

 

慌てて、僕のそばにいたご婦人に「この曲知ってるよ!!」なんて興奮気味で話し

かけてしまって、後でそのご婦人が実はカナダの副市長婦人だったことが判明し、

それを知った時少し赤面してしまいましたが・・・

 

 

 

それでは週末のひと時を、ゆったりとした気分で、是非一度聴いてみて下さい。

           

 

 

 

また、彼の魅力がたっぷりと堪能できる曲がこの「Love Is All」

 

            

 

 

 

 

 

 

 

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ウクライナ戦争で史上初めて本物の原発が軍事攻撃をいまも受けている、その想像を絶する事態に、日本は国民とエネルギーを護れるのか、その緊急課題にとって大きな一歩を刻みました(青山繁晴参議院議員ブログより)

 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

前回に引き続き、青山繁晴参議院議員のブログからの転載です。

 

 

今回は青山議員がオーストリアのウィーンにあるIAEA国際原子力機関)を

訪れて、グロッシー事務局長と直接会談をされたときの模様を、青山議員ご自身

のブログにて発信されています。

 

 

エネルギーや危機管理・外交などの専門家として、国会議員になる前の民間時代

から世界各国をまわって、それぞれの国の関係者と深い議論を積み重ねて信頼関係

を築いてきた青山議員。

 

 

その長年の実績によって今回の会談が成立したものですが、もちろん日本のどこの

メディアからも報じられることはありません。

 

 

ということで、ブログ記事の最後には、今回の会談の模様をグロッシー事務局長

自身のツイッターに写真入りで載せておられます。

 

 

日本と日本国民のために活動されている、いち国会議員の姿を、是非知って頂き

たいと切に思います。

 

 

 

 

 

 

 

以下、青山繁晴参議院議員ブログ「on the road」よりそのまま転載~

 

 

ウクライナ戦争で史上初めて本物の原発が軍事攻撃をいまも受けている、その想像を絶する事態に、日本は国民とエネルギーを護れるのか、その緊急課題にとって大きな一歩を刻みました

 

 

 

▼世界の原子力の平和利用をひろく統括するIAEA ( 国際原子力機関 ) のグロッシー事務局長と、ウィーンの本部で、現地時間1月13日の朝、バイ ( 一対一 ) の会談をおこないました。

【Photographer: Dean Calma, IAEA

 

 

▼その朝、わたしは、連携して海外の原発調査を遂行している独立総合研究所 ( 独研 ) のヘイワース美奈研究員 ( 右から2人目 ) 、そして日本国外務省のウィーン代表部の外交官らと共に、早めにIAEAの本部に入り、グロッシー事務局長を待ちました。

 周りには緊迫した雰囲気もありましたが、いつも通り、わたしは緊張しません。
 自作の銘である、脱私即的 ( だっしそくてき ) 、わたくしを脱しほんらいの目的に即 ( つ ) く。
 ほんらいの目的は、会談を上手くこなしたいという私心 ( わたくしごころ ) を満たすことでは無く、日本国民を護ることです。
 わたくしを考えていなければ、緊張はしないのです。

▼グロッシー事務局長は、ウクライナ戦争でロシア軍がチェルノービリ原発ザポリージャ原発への砲撃、占拠を開始してから、それまでの忙しさとは比べものにならない忙中にいらっしゃいます。

 その任務は、世界を原発大破壊の恐怖から救うことです。
 もしもこの原発への軍事攻撃を放置すれば、かつてのチェルノービリ原発事故を上回る、放射線物質の膨大な漏洩を招き、無数の死を呼ぶでしょう。
 それは、放射線障害では実はひとりの死者もいない福島原子力災害 ( 一方で、誤った避難などによって災害関連死として多くの同胞を喪いました ) と本質的に違う、目を覆う悲惨極まりない事態ともなります。

 そこでグロッシー事務局長は、IAEAのトップとして、チェルノービリ原発にもザポリージャ原発にもみずから危険を顧みずに入り、戦争の現場でロシア軍と交渉し、ウクライナ軍と協議し、さらにプーチン大統領、ゼレンスキー大統領それぞれとも直接交渉をおこなっています。
 このグロッシーさんの直接行動があってこそ、IAEAの担当官の現地常駐も実現しています。

【Photographer: Dean Calma, IAEA

 

 

▼グロッシー事務局長が登場されました。
 現在の情況で、ふつう会えるはずはありません。
 わたしは、プーチン大統領でもゼレンスキー大統領でもなく、岸田総理でもなく、ひとりの日本の国会議員に過ぎません。

 この困難を打ち破って、会談を実現した外務省のウィーン代表部のみなさんは、ほんとうに志ある良心的な努力を積み重ねてくださいました。
 陣頭指揮をとられた引原毅大使をはじめ、みなさんに、まことに僭越ながら国民に代わってお礼申しあげます。

 また、グロッシー事務局長の側も、わたしの経験と専門的知見に深い敬意を払ってくださっていることを、複数の関係者からお聞きしていました。
 不肖わたしが福島原子力災害において事故が進行中に構内に入り、つぶさに現実を調べた、世界でただひとりの専門家となった事実を踏まえてのことです。

 そのうえで、原発へのあってはならない軍事攻撃が現在も進行している事態に対して、どう臨むか、また日本のエネルギー源の欠かせないひとつである原発をロシア軍、北朝鮮軍、中国軍の脅威からどのように護るかについて、専門家同士で直球を投げ合う議論を期待されていたとも、お聞きしていました。

【Photographer: Dean Calma, IAEA

 

 

 

▼真っ直ぐな議論は、予定時間の3倍ほどになりました。

 まず、わたしは、ロシア軍の軍事攻撃が今もずっと続くザポリージャ原発が、実際はどうなっているのか、初めて具体的に、かつ包括的に把握できました。
 その内容は、この無条件の公開情報であるブログでは、お話しできません。
 ロシアの工作員も、もちろん熟読、吟味しています。

 しかしグロッシー事務局長がわたしを信頼し、胸襟を開いて、ときおり鷹のように鋭い眼になりながら、わたしの遠慮なき問いに対して、すべて応えてくださっているとき・・・誇張なく、背筋が凍っていました。
 国際社会、なかでも民主主義国家群が団結して、ザポリージャ原発を解放しないと、かつての世界大戦の死者数に近づく空前の事態にもなりかねません。

 まず、この事実を、専門家であると同時に日本の現職の国会議員が把握したということは、事前には想像できなかった成果となりました。
 わたしはすべての成果を、日本政府に提供します。

 この出張は、ウィーンのIAEAだけではなく、7か国を回るすべての費用が、自費です。したがって常に、わたし自身が自由に判断できます。
 自費であっても、すべて公共目的の出張ですから、成果は何もかも政府に提供し、そしてそれに基づいて深く、実際的な議論を致します。
 日本と日本国民を、独裁主義による不合理な厄災や死から護るために、帰国後も、一日も休むこと無く直ちに動くのです。

【Photographer: Dean Calma, IAEA

 

 

▼会談後、関係当局者がわたしに、グロッシー事務局長のツイッター(Rafael MarianoGrossi@rafaelmgrossi)をコピーして、渡してくれました。
 そのときわたしは、パソコンなどを持ち込んでいないからです。

 文面には、グロッシー事務局長みずから打ち込んだ、印象深いコメントがあります。
 わたしが仮訳をすると、こうです。

青山繁晴参議院議員を迎えることは、喜びだった。
 青山さんは、核の安全とセキュリティ ( 防護 ) の分野で、広範囲な知識と経験を持っている。
 日本国はIAEAのさまざまな活動の強力な支援者であり、そこには、ウクライナ戦争におけるわれわれの任務への支えも含まれる。
 私は、われわれのより増強した連携を期待している ! 」

▼グロッシーさんとの会談をめぐるエントリーは、このあとも続けます。
 いま現地時間の午前4時50分です。
 すこしだけでも仮眠しないと、いけません。
 みなさん、また、あとで。

 ぼくの支えは、みなさんひとりひとりだけです。
 そして、これへ来てくださること、これを読んでくださること、それらが具体的な支えです。 

 

 

 

 

続きまして次の日の青山さんのブログ記事です(〇ノ丞)

            ☟

 

 

 

恐ろしい強行軍でロンドンに着いたら、ショックが待っていました  ふつうには小さなこと ? わたしには痛いショック

 

 

 

オーストリアの首都ウィーンのIAEA ( 国際原子力機関 ) 本部では、グロッシー事務局長との正式会談が終わったあと、ふたりだけの小声の会話がなお、続きました。

 

 

▼正式会談は、ひとつ前のエントリーの、IAEAの公式カメラマンによる写真にありますように、IAEA側も日本国側も、関係の当局者が同席します。
 日本側は、外務省のウィーン代表部の外交官、外務省からIAEAに派遣されている担当官、そして今回の出張で連携している独立総合研究所 ( 独研 ) のヘイワース美奈研究員です。

 今回の会談では、同席者の発言はありませんでした。
 すべての議論は、日本の国会議員であるわたしと、IAEAのトップであるグロッシーさんの一対一で行いました。

 それだけ高度に危機的、そして専門的、さらには国際政治の要素を深く含んだ議論だったと言えます。

 

 

▼グロッシーさんは別れを惜しみ、今後の深い連携について、言葉を重ねてくれました。
 戦争さなかのウクライナに6度にわたって入っているひとです。
 みずからをあえて危険に晒して現場に入ることによって、あのプーチン大統領にも、ゼレンスキー大統領にも、強い発言力、影響力をつくったリーダーであることが、今回の会談でよおく分かりました。

 不肖わたしは、福島第一原発が事故のさなかに、日本の専門家が実際にはすこしでも福島から遠ざかろうとしているなかで、いわば逆方向へ、事故の中心に向かい、吉田昌郎所長の許可を得て、福島第一原発の構内に入りました。

 そして爆発も起こした原子炉建屋の情況や、津波に襲われた海側の実状、構内の破壊のほんとうの現実をつぶさに調べました。
 苦闘する作業員のかたがたと共に、専門家として事故の実態を把握しました。

 その後の福島第一原発はすでに安定し、外部から人が入れるようになり、すっかり情況が変わったなかで廃炉に取り組む日々ですから、事故の最中の構内を知る専門家は世界でひとりとなりました。
 ( 作業員のかたがたは異なる立場で、もちろん現場を深く知悉され、あれから12年目となっても戦い続けておられます。深い敬意をあらためて捧げます。・・・あくまで、客観的な専門家としては事故当時の現場を知るのがひとりしかいない、という意味です ) 
 グロッシーさんは、この事実を知っています。

 そしてわたしは、過去に戦地にみたび、入っています。グロッシー事務局長と同じく、丸腰です。
 これらすべての目的は、現場を踏む、それです。
 グロッシーさんと、そこに深い共感がありました。

 これから長く、連携していくことになります。
 グロッシーさんが、わたしの大好きなアルゼンチン出身なのも、なにかのご縁です。

 グロッシーさんは大の親日家でもあります。日本国民の支持も、わたしから伏してお願いしたいと思います。

 

 

▼グロッシー事務局長との会談をすべて終えたあと、IAEA事務次長のエヴラールさんとの会談に臨みました。
 事務次長は複数、いらっしゃいます。
 原発大国フランス出身のエヴラールさんは、IAEAの「原子力安全・核セキュリティ」担当部門のトップです。
 わたしは、国家安全保障をはじめ5つの専門分野がありますが、原子力に関しては、この「核セキュリティ」が専門です。
 それはふつうPPと呼びます。
 Physical Protection 核物質防護です。

 したがって、さらに詳細に踏み込んで、チェルノービリ原発ザポリージャ原発に、あり得ないはずの軍事攻撃が起きているなかでのPPを議論しました。

▼非常に高度な「秘」の議論であるため、公開情報であるブログで明らかにするようなことは、できませぬ。
 ただ・・・再生可能エネルギーをはじめ他のエネルギー源とベストミックスを図りつつ、再生可能エネルギー万能論にも立たず、最善の原子力の平和利用を進めるために、軍事攻撃という、これまでは想定外だった脅威にも立ち向かっていくことでは、いわば魂から、同意しました。

▼このIAEA訪問は、金曜でした。
 それが終わると、週末となりました。
 一般的には、国際機関も、動きが止まります。
 しかし不肖わたしは、前述のように他に複数の専門分野がありますから、暗号化された電話とEメールで、仕事があります。
 また日本をはじめ世界各国には時差があります。世界一斉に週末になってくれればいいのですが、そうではないので、あちこちと協議、議論もあります。

 それでも滞在しているウィーンで、ほんのわずかな歓びがありました。
 それは、シューベルトの生家を訪ねることができたことです。別エントリーでみなさんにお見せします。

▼しかし、あっという間に移動です。
 いま英国のロンドンで、1月16日月曜の深夜、午前2時ちょうどです。
 きょうの朝8時40分にホテルを出て、イギリスの政府当局者と議論します。
 そして議論が終わると、その2時間後にはフランスに向かうのです。

 その前に、主権者・国民のみなさんにこうして報告もせねばなりません。
 すべて自費・自主の出張であっても、それは変えません。

 機械ではなく、にんげんの日程としては、正直申して、むちゃくちゃです。
 むちゃくちゃな強行軍なので、ロンドンのホテルは空港直結のホテルです。

 ところが、部屋に入ると・・・バスタブ、浴槽がありません。つまり風呂がありません。
 海外の安いホテルにある、シャワーしかないというやつです。

▼いったいこのぼく ( わたし、と言うより、ぼくです ) が、どうやって心身のタフネスを維持しているのか。
 人間ドックでの体内年齢が32歳と言っても、その32歳でも、ほんとうは壊れるような日程です。

 これを乗り切るノウハウは、ふだんの日本での厳しい日々とまったく同じ、仮眠のあとの朝に、熱い風呂に全身を浸して、血を駆けめぐらせることなのです。
 体内年齢が若いということは、血管が若いということでもあります。
 したがって、浴槽に入れば、その瞬間から、どんどん血管の中を血が走ってくれて、元気になります。甦ります。

 これはシャワーでは、ぼくの場合、全くと言っていいほど起きません。
 ひとによるのでしょうが、ぼくにはシャワーは効果が無いのです。
 ロンドンは辛い、辛い、現場になりそうです。

 ま、イラク戦争に入ったときは、浴槽どころか、ホテルと言われていったところは実際は瓦礫の山に近かったです。
 ここは、浴室だったらしいところの残骸はありましたが、シャワーもへったくれもありませぬ。水が出ないのですから。
 とにかく平たいところを見つけて横になって、仮眠をとっていたら、米陸軍の戦闘ヘリが凄まじい轟音で現れて、破壊されたベランダ越しに強烈なライトを当てて、いまにも機銃掃射をやりそうになりました。
 ぼくは怒りを込めて、仁王立ちになり、米語で「わたしは光輝ある天皇陛下の臣民である。せっかく寝ているのに、なにをするんだ」と叫びましたが、もちろん轟音に掻き消されます。

 米軍ヘリはしばらくぼくに眩 ( まばゆ ) い光をあててじっとホバリング ( 空中停止 ) し、やがて、腹を見せるように旋回して去っていきました。

 ここは先進国の大都市ロンドンだよ、戦火のバクダッドじゃない。
 熱い風呂に入りたかったなぁ~ん。
 しかし、あのように戦地に居ると思えば、どうにか我慢もできます。
 それしかないよ、わははのは。


 

 

 

 

 

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青山繁晴参議院議員の多忙な一日

 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

当ブログでたびたびご紹介しております、自由民主党青山繁晴参議院議員

のブログからの転載です。

 

 

国会が閉会中の間、国会議員は何をしてるのか?

 

みなさんも国会議員は普段、国民の見えないところで何をしてるのか

は気になるところでしょう。

 

 

それを、青山繁晴参議院議員がブログにて載せております。

 

 

もちろん、全国会議員が青山議員と同じとは限りません。

 

与党、野党の違いもありますから。

 

 

青山議員のブログ記事を通して、国民の皆さんの一人でも多くの方に国会議員の

活動を知って頂き、国会議員の中にもこのような人がいるのだ、と知って頂けたら

幸いです。

 

 

 

 

 

 

以下、青山繁晴ブログ「On the road」よりそのまま転載します~

 

 

 

ありのままに申して、非常に日本の国益に資する議論、世界の安全にも強力に役立つ議論になっています

 

 

▼いま、オーストリアの首都ウィーンで夜明け前です。現地時間1月13日金曜の午前4時25分。日本では、同じ日のお昼ですね。
 みなさん、美味しい日本のランチを食べていますか ?

▼きのうは、スウェーデンの首都ストックホルムで、まず早朝に、長い知友で温厚・篤実なフランス語の達人、能化 ( のうけ ) 駐スウェーデン特命全権大使と情報交換し、そこからスウェーデン原子力規制・防護当局であるSSMへ行き、議論。
 そして何も見ずに、空港へ向かって、オーストリアの首都ウイーンへ飛び、ウィーンを経由して、ドイツのボン ( 西ドイツ時代の首都 ) へさらに飛びました。

▼写真は、そのボンです。
 久しぶりに、ドイツ連邦政府原子力規制・防護当局を訪ね、すっかり綺麗にリニューアルされた広大な連邦ビルの一室で、担当官ふたりと長時間たっぷり、たがいのこころを開いて議論し、極めて高度な機密情報を交換しました。

▼ぼくがこのドイツ当局で、前に深い議論を重ねた博士は、もう引退され、魚釣りの日々です。

 

 

▼たとえばこの写真はもう、21年も前、前年の911同時多発テロを受けて、新しい原発防護を話し合ったときです。
 ぼくはもちろん、民間の専門家です。
 この博士とは、その後も議論を続けました。
 この写真は、初対面のときでした。

 きのう、上の写真のふたりにこれを見せました。
 ふたりとも、ほおー、あなたは長い実績ですねと感心してくれましたが、この博士とは会ったことがないそうです。

 

 

▼この比較的に若い担当官ふたり、若くてもいずれも幹部職にあるエリート担当官たちとは、初対面です。
 しかし、初対面だろうが20年来の友だちだろうが、あっという間に打ち解けて、たがいの心の底まで覗きあうようになり、だからこそ、本来は門外不出のその国の機密情報がその場で入り、そしてぼくは、機密取扱のルールを永遠に守り抜き、信頼関係がずっと続く。

 これが不肖ながらぼくの、海外出張のノウハウです。どこの国の誰が相手でも必ず、起きることです。
「こうありたい」という理想論や、願いを述べているのではありませぬ。
 現実にいつも、今回も確実に、実現していることです。

 今年はこのブログで、昨年までよりもっと遠慮なく、事実を書くと決めました。
 だから上記も、ありのままに記しました。

 

▼写真手前のメガネのナイスガイは、物理学の博士です。・
 話し始めた最初から、『あぁ、このひとはおそらく、物理学をいわば勉強したことは無いだろうな。勉強しなくても自然に頭や躯に物理が入っているんだろう』と感じました。

 実はぼくも、文学や英語をいわば勉強したことがありません。
 たとえば大学で、国文学などはやらないと小学生の頃から勝手に、親にも先生にも友だちにも言わずに決めていました。
 なぜか。
 文学については、勉強、研究して論ずる立場ではなく、おのれで書いて論ぜられる、批判されたり理解されたりする立場になる、それを、子ども心に予感していたからです。
 一方、英語は、こうやって世界を回っているうちに、自然に体内に入り、口をついて自由に出るようになりました。

 だからきのう、この物理学博士とは、ある意味で同じタイプだと感じて、最初から親しみやすかったです。
 物理学と文学、まったく違う分野のふたりが、同じPP(核防護)の分野で9千キロほど離れている距離を乗り越えて親しく話し合う。
 世界と人生は面白いです。

▼写真奥のもうひとりのひとは、英語力がドイツ人としては抜群で、それもあって話がすべて具体的、超精確です。
 聞いていて気持ちがいい。
 しかも、穏やかな紳士なのにどんどん熱情が噴き出してくるのです。

 原発を全廃するかしないかで揺れ続けるドイツ・・・そのうえウクライナ戦争で、ロシア産の天然ガスによる火力発電に依存している現実が露呈し、再生可能エネルギーだけでは日本と同じく高度な工業力を維持できずに苦しんでいるさなかにあって、福島の悲惨な事故から学んで原子力ルネサンスをやろうとする、その秘めた熱い気持ちが、はっきりと伝わってきました。

 ふたりとすっかり仲良くなって、今度は日本で、お寿司を食べようと固く約束しました。
 そのときはもちろん、独研 ( 独立総合研究所 ) の誇る、公平な明るい人柄にしてネイティヴな英語力のヘイワース美奈研究員 ( ふつうの日本人、日本国民です。ご主人がアメリカの音楽家、ドラマー ) も一緒です。

 

 

▼さて、そのボンでの議論の爽快感のまま、ライン川をあとにして、またまた空港へ向かいました。
 ライン川は、不思議な懐かしさのある大河です。

▼今度は空港と言っても、ボンの地元空港では無く、長駆、フランクフルトの空港へ向かいました。
 フランクフルトからなんと、またウィーンに戻ったのです。

 ぼくの強行軍の日程をもう一度、ふりかえると・・・1月5日から、ハワイ議連の出張で真珠湾の記念館やアメリカ軍のインド太平軍司令部を訪れて9日の夜に帰宅、翌10日の早朝に自宅発で、自主・自費による原子力防護の調査の出張に出発し、まずは15時間をかけてロンドンへ飛びました。

 そのロンドンから待ち時間込みで5時間をかけて、ストックホルムに入ろうとして、いったん入国を不当にも拒否され、自力で突破して、真夜中にスウェーデンに入国。
 翌朝に、前掲の記者時代からの友だち、能化ちゃんこと能化スウェーデン特命全権大使と情報交換し、ストックホルムスウェーデン政府の原子力規制・防護当局SSMと議論。
 そのストックホルムから、ウイーンを経由して、ボンに飛んだら、ぼくの荷物が経由地のウイーンで飛行機に載らず姿を消す。

 その夜は、荷物が無いまま、ほぼ裸で明かし、翌朝、着の身着のまま、このエントリーの写真のボンでの議論に臨んだのです。
 この議論を終えて、ライン川沿いのホテルへ戻ると、ウイーンの日本代表部のみなさんと、ヘイワース美奈研究員の素晴らしい努力のおかげで、荷物がホテルへ届きました。
 みなさん、こゝろから、ありがとう。

 その甦った大きな荷物と一緒にボンを出て、今度は同じドイツの上掲のフランクフルト空港へ向かい、フランクフルト空港内で、今回の出張で初めてまともに食事をとり、再びウィーンへ向かい、いまウィーンのホテルで仕事をしながら夜明けを迎えようとしているのです。

▼はっきり言って、むちゃくちゃです。強行軍にもほどがあります。
 ただし、民間の専門家時代からいつもこんな感じです。

 一生懸命についてくる、ヘイワース美奈研究員はほんとうに偉いと思います。何というか、覚悟が違いますね。
 国のためにやるんだという決意の固さをありありと感じます。

 ぼくは今、国会議員でもあるんだから、当たり前のことをしているだけです。
 ヘイワース美奈研究員は、ぼくが独立総合研究所の代表取締役社長・兼・首席研究員の時代から社員でした。
 きのう、ふと、「つくづく、議員は社長時代も今も、変わりませんねぇ」、「国会議員になったら、もうちょっと、エラそうにしてもいいのに・・・それをしないから、リラックスできていいです」という趣旨のことを何度か言っていました。
 ぼくにすれば、変わる理由がありません。
 わはは。

▼さて、夜が明ければ、いよいよ国際原子力機関、あのIAEAの本部に乗り込みます。
 IAEAのトップであるグロッシー事務局長、それからIAEAのナンバー2であり核セキュリティ部門のトップであるエヴラール事務次長と、それぞれ個別に会って議論します。

 このふたりはいずれも、ロシア軍の攻撃を受けている最中のザポリージャ原発 ( ウクライナ ) へ突入して調査し、今や世界の有名人です。
 特に、グロッシー事務局長は超多忙で、よくまぁ、会ってくれるなと思います。

 どんなトラブルがあっても、こうやって任務の中身が素晴らしく充実していれば、みなさんに、日本の主人公である主権者のあなたに、顔向けができます。

▼帰国後、水面下交渉のほんとうの様子をみなさんと共有する場、独立講演会 ( ここ ) で逢いましょう。
 それから、渾身の小説、「夜想交叉路」 ( たとえばここ ) の感想を教えてください。この厳しく烈しい旅程のなかで、それだけが愉しみです。

 

 

 

 

 

結局、ごはんと味噌汁が一番体に良い ③ 「ごはんをすすめるワケ」

 

 

みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。

 

今回で4回目となるこのシリーズですが、今回も柏原ゆきよさんの

動画をご紹介しようと思います。

 

 

さて、そもそもこのような食事について記事を書こうと思った動機ですが、これは

ただ単に長生きしたいから、ということではありません。

 

 

私は、人はみな寿命が定まっていると思っているのですが、いつかその与えられた

寿命が尽きるまでの間、できれば病気をせずに、体の不調が少なく、できるだけ

健康なままで生きていたい。

 

 

なのでそのためには、まずは食生活が大事だ、と思いましたので、それが目的です。

 

 

よく癌になられた方で、その後どうしたか、という話しは色んな形で聞きますが、

その癌にかかられた方の食生活、どういうものを食べてきたか、とか遺伝の関連

は?といった原因については、あまり聞くことがありません。

 

 

「こういうものを食べてきたから、それが蓄積されて体の不調、癌や糖尿病、

心筋梗塞になったのではないか」

 

といったものが明らかになれば、少しは食に気を付けて生活するでしょう。

 

 

もちろん、因果関係がはっきりしない、例えばたばこを吸う人でも肺がんになる人、

ならない人が現にいて、そういうことも中々病気の因果関係が明らかにできない

ところでもあります。

 

 

私はこの柏原ゆきよさんに行きつくまでは、私なりに色々と試したことが

あり、それらの経験も生かして記事を書いておりますが、もしこの柏原ゆきよさん

の内容よりも、さらにそれを上回る素晴らしい方が見つかりましたら、その内容

も紹介したいと思っております。

 

 

まず、人間の体は食べ物からできている、ということは誰しも耳にしたことが

あるでしょう。

その上気候やその土地の影響により、当然体の方もそれらに順応するので、全世界

の人が、すべて同じ食事内容でいいわけはありませんね。

 

 

肉食中心か穀物中心か、住んでいる場所が沿岸沿いや川が近いのか、山なのか草原

地帯なのか、によって獲れる食物も様々ですね。

 

 

 

それぞれの土地に順応しているのが人間の体なので、当然合うもの合わないものが

出てくるはずです。

 

 

そういった観点から、日本人が健康を保つために一番合った食べ物が、この

柏原ゆきよさんが提唱する

「ごはんと味噌汁」を中心とした食生活です。

 

 

 

医食同源という言葉がありますが、古来より普段摂取する食べ物について、

先人たちは様々な説を提唱されていますね。

 

例えば神道仏道においても、祭典前に食べるものや、また供えるものについて

も、厳格に決まりがあります。

 

 

そのような先人たちの知恵の中に、実は私たちが学ぶべきものがあると、私は

思っております。

 

 

その先人の教えと柏原ゆきよさんの提唱する内容が、近いのではないか、と

そう思いましたのでこのように取り上げています。

 

 

実際、私は柏原ゆきよさんとの繋がりはなくて、別に利害関係もなにも

ありません。

 

 

ただ、実践してみて良かったと思うもの、納得できるものを、皆さんにご紹介して、

それが何か少しでも役に立てればなあ、ぐらいにしか思っていません。

 

 

誰しも、ずーっと健康でいたい、とそう思いますよね?

私もそうです。

 

 

では、ご参考までにこちらの動画をご覧ください。

 

 

 

 

www.nakaimamarunosuke.com

 

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