(出典:国史絵画)
みなさんこんにちは、中今〇ノ丞です。
神武天皇が故郷の日向を出発して、近畿地方の大和にて最初の天皇
として即位するまでの物語の20回目です。
<前回の続きから>
《忍坂(おしさか)の大室に至りたまふ時に、尾生(お)ふる土雲(つちぐも)
の八十建(やそたける)其の室に在り、待ちいなる》
尾生ふるとは、吉野河でイハレビコに恭順した石押分之子(いはおしわくのこ)
に使われていた表現。
土雲とは長く胴体の短い穴居生活者を指し、大和政権に従わない先住民
に対する蔑称です。
《饗(あへ)を八十建に賜ふ。是に八十建に宛て、八十膳夫(やそかしはて)
を設け、人毎(ごと)に刀を佩(は)け、其の膳夫等に誨(おし)へ曰(の)り
たまはく、「歌うを聞かば、一時共(もろとも)に斬斬れ》
と、土雲たちを饗応し、その一人一人に太刀を身につけた給仕夫を付け、歌を
合図に斬りかからせます。
《一時に打ち殺しつ》
イハレビコ忍坂を平定しました。
(出典:「歴史人」より」